昔は「都新聞」と呼ばれ芸能に強かった「東京新聞」…“空気を読まない”報道姿勢の源泉を元編集局長が振り返る書(書評)

 ブックバン    6/17(火) 6:00配信

 


 

 私の前座時代に遡る。新宿末広亭の楽屋だった。古老が「これからは情報だよ。新聞を取ってるかい」と言った。「いえ、まだ」「取る時は東京新聞にしな。昔は都新聞と言って芸能に強いんだ」それが頭に残り、二ツ目から読者になった。なるほど芸能に強く、以来、落語家として扱ってもらい、作家として取材などをしてもらった。  本書の始まりは3・11だ。12日朝刊1面に写真と記事がドーンと載っている。『東北・関東大地震 仙台で10メートル津波 首都圏の機能マヒ原子炉停止で緊急事態宣言 避難指示 死者300人超 気仙沼で大火災M8・8国内最大』夕刊1面には『死者・不明千数百人 三陸沿岸は壊滅 福島第1原発 放射能漏れ』とあり、事態は刻一刻と変化して行く。  そう、我らも新聞社ももちろん被災者も、何が起きているか分からなかったのだ。そして13日、事態が大きく動いたと読者は知らされる。『福島原発で爆発 初の炉心溶融』。思い返すだけで鼓動が速まる。  しかし不思議だ。鮮明に覚えている1面もあれば、初めて接する1面もあるのだ。当時、私は何をしていたのか。そう、怖いもの見たさに、襲う津波の動画に見入っていたのだ。  十数年前の出来事を思い出すのはつらいが、忘れてはいけないことがある。この本は貴重だ。当時の記者や編集局の奮闘、苦闘が資料として残り、昨日のことのように蘇るのだ。  個々に贔屓の欄はあろうが、私は月1の割合で載る『ふくしま作業員日誌』に必ず目を通す。取材は片山夏子記者で、現場からの声だ。今はまだいい。問題は猛暑で、彼らは防護服を着ての作業なのだ。その汗の量たるや。被曝にも怯え、基準を超えたら彼らは現場から退かなければならない。   8月には名物の『平和の俳句』が始まる。老若男女が投稿し、いつもハッとさせられる。もう今から楽しみでならない。 [レビュアー]立川談四楼(落語家) 1951(昭和26)年群馬県生れ。1983年11月立川流落語会第一期真打となる。真打昇進試験をきっかけに、落語界の将来に疑問をもち、書き綴った処女作「屈折十三年」で文壇デビュー。1990(平成2)年初の小説集『シャレのち曇り』を刊行。以後、TV、ラジオの出演の他、講演会等多忙の中、新聞、雑誌に連載エッセイやコラムを書き続けている。著書に『石油ポンプの女』『ファイティング寿限無』『師匠!』『一回こっくり』『いつも心に立川談志』など。 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社 

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