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「三メートル下がってください」好意を寄せていた男性の返答に困惑…謎ルールに振り回される女性ピアニストの恋の行方を描いたラブ・ストーリー(書評)

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 ブックバン     6/30(月)   6:00      ハラハラドキドキさせてくれるハートウォーミングな小説!   これまで書評で一度も使ったことのないダイレクトな表現をここで堂々と使おうと思う。明るい気持ちになれる話を読みたいという方に全力でお薦めしたい。本のタイトルは『物理学者の心』(祥伝社)。著者のマーニーさんはミネソタ大学で日本語を教えているアメリカ出身の作家で、もちろんこの作品も日本語で書かれている。  主人公はセミプロのピアニスト、鈴木尚美。会社勤めの傍ら、ショッピングモールでピアノを弾いている。彼女はある男性が気になっていた。自分の演奏を聴きに来ては何かを熱心にメモしている男性。彼の忘れ物をきっかけに尚美は彼に話しかけることができたのだが、返ってきた言葉は「三メートル下がってください」。え、どういうこと?   彼の名前は松崎仁。大学の助教で、〈天才に近い物理学者〉らしい。でも、なぜ近づけない(近づいてはいけない)のか? 尚美は自分のファンを失いたくないという気持ちもあり、松崎に積極的に絡んでいく。彼は「(僕は)自殺しなければならない」ととんでもないことを口にする。なんとか聞き出したところによるとその理由は「磁場」だった。ある世界的な物理の実験に参加した時、作業ミスが原因で頭の中に磁場ができてしまった。それは側にいる人を死に至らしめるほど強いものであり、実際に人が命を落としたこともある。だから自分はすぐに死ななければならない、と彼は言うのだ。  磁場が存在するのか確かめるのはほぼ不可能。MRIが撮れない。金属のメスも使えない。尚美は大いに困惑しつつ、持ち前の正義感とコミュニケーション能力を存分に発揮して彼を生かそうとする。と同時に、磁場を発生させた(らしき)実験の詳細を探るため、かつて松崎とチームを組んでいた研究者にアクセスする。彼女が教えてくれたのは思いもかけない事実だった――。  イケてるとは言い難い風貌、頑なで理屈っぽい性格。あらゆるドラマや小説で彼、松崎のようなキャラクターを見て(読んで)きたはずなのに、ものすごく新鮮に感じるのはなぜだろう。尚美のほうも、美人で語学も楽器もできて家族の面倒もしっかりみているという、類型的にも感じられる完璧な人物であるにもかかわらずまったく嫌味がない。だから素直...

ぼくたちは、いらない子供なんです」少年の語る壮絶な話に引きずり込まれる…波乱万丈な人生模様が詰まった短篇集(書評)

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 ブックバン     6/29(日)   6:00        二〇一八年に『百年泥』(新潮文庫)で芥川賞を受賞し純文学作家のイメージが強い石井遊佳だが、新作『ティータイム』はエンタメ味の強い短篇集だ。どれも先の予測できない展開でぐいぐい読ませる。    表題作「ティータイム」の主人公は温泉旅館のルーム係だ。ある事情からひと月前にこの職についたばかりの明(あか)里(り)は、仕事に手を抜き愚痴の多いベテランや番頭との攻防に日々明け暮れている。ある時、休憩時間にケーキを同僚の子供である小学生の兄妹と分け合ったことから、彼らと“ティータイム”を共にすることが習慣化。兄妹の兄は〈ぼくたちは、いらない子供なんです〉と語り、どうやら家庭環境は複雑そうだ。じつは明里自身も疎外された人間であり、彼女は次第に、少年の語る凄絶な話の内容に引きずり込まれていく。    客船乗務員の日本人青年とインド人青年が波止場で出会う「奇遇」では、少しずつ互いの事情が明かされるが、どちらもとんでもない人生を歩んできた様子。二人の間につかの間の友情が芽生える話かと思ったら、終盤、話はノワールの方向へ。   「網ダナの上に」は少女の霊魂が主人公。彼女は踏切にいた母親を助けようとして一緒に列車に轢かれ命を落としたが、母親はさっさと生まれ変わり、彼女だけ列車の網棚に留まっている。乗客や乗務員を眺め、次の母親を見定めて生まれ変わろうとしているのだが……。   「 Delivery on Holy night 」は宅配ピザのデリバリー要員である青年の人生が語られる。小学生の頃、叱られた腹いせにサンタクロースへの手紙に〈みんな死んじゃえ〉と書いたところ両親と弟が事故死。そこから彼は数奇な運命を辿るが、青年となった彼の前に大迷惑なサンタが再び現れる。    どの短篇も波瀾万丈な人生模様が詰まっているうえ、著者ならではのことば遊びも混じった豊かな文章世界で楽しませる。   [ レビュアー ] 瀧井朝世(ライター) 1970 年生まれ、東京都出身、慶應義塾大学文学部卒業。出版社勤務を経てライターに。 WEB 本の雑誌「作家の読書道」、文春オンライン「作家と ...

「将来誰も救えないんだ」と絶望したヨシタケシンスケさんが今では多くの救いを生む…夢眠ねむさんに沁みた一冊(書評)

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 ブックバン     6/25(水)   6:00     2013 年に『りんごかもしれない』で絵本作家デビューしたヨシタケさん。私は子ども向け書店店主という職業柄、絵本関連の仕事をすることが多いのだが、ヨシタケ前・ヨシタケ後と分けられるくらい彼が絵本業界そのものに与えた影響はとても大きいと感じる。彼の絵本には “ 発想えほん ” というシリーズがあり、読むと絵本でありながらもしっかり哲学書なのだ。可愛らしくポップだけど、人の本質に迫る内容ばかりでドキッとしたりう〜むと考えさせられたり、時にはホロリと泣いてしまったり。最初は子どもに買ったけど、読んでいるうちに親の方がハマってしまう作家さんの一人である。    本書『だったらこれならどうですか』は、東京で開催されていた『ヨシタケシンスケ展かもしれない たっぷり増量タイプ』展の図録のような一冊。展覧会の写真やスケッチ、既刊の作品情報も満載なのでヨシタケさんの世界観にたっぷり浸れるのだが、ロングインタビューが掲載され、それがもう沁みる沁みる。    私はこのインタビューで存在を知ったのだが、 24 年にオープンした「かくれてしまえばいいのです」は、ヨシタケさんが自殺防止に取り組む NPO 法人ライフリンクと共に開発した Web 空間。生きるのが辛い人たちが気軽に訪れられる「かくれが」だ。しんどい時に人に相談できない人でも、病院に行くのを躊躇っていた人でも、もうその気力がない状態でもアクセスできる素晴らしい取り組みが紹介されている。    幼い頃から自己肯定感が低かったヨシタケさんは決定的に自分を信じられなくなった瞬間を書いているのだが、そこで「将来誰も救えないんだ」と絶望した経験がある彼が、今では数え切れないほどの人を救っているという、救い。他にも「老い」や「アウトプットについて」など大人にぴったりな話題も満載なので、絵本は自分には関係ないかな、と思っている世代にもぜひヨシタケ入門として読んでもらいたい。   [ レビュアー ] 夢眠ねむ(書店店主 / 元でんぱ組 .inc メンバー) 7 月 14 日生まれ。三重県伊賀市出身。多摩美術大学卒業。アイドルグループ「でんば組 .inc 」の元メンバー。愛称は “ ね...

ビスケットや糖蜜パン、弁当屋の鳥飯や山菜鍋。食べ物が美味しそうなファンタジー(書評)

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 ブックバン     6/24(火)   6:00  トラヴィス・バルドリーの『伝説とカフェラテ 傭兵、本屋をたてなおす』(原島文世訳)は、“剣と魔法”の世界を舞台にしたファンタジー小説で、主人公は戦うために生まれたオークという種族だ。女オークの傭兵ヴィヴが、骸骨兵士と戦闘中に脚を負傷し、ある港町に滞在する。そこで本屋を営む小鼠人(ラットキン)ファーンに出会う。    まず、ケガのせいで働けないヴィヴが、ファーンに本を買わされたおかげで、これまで無縁だった読書に夢中になるくだりがいい。物語によって初めて“ここではないどこか”に連れて行かれたときの純粋な驚きと喜びが伝わってくる。本屋の窮状を知ったヴィヴはファーンを手伝う。本屋の近くにある大人気ベーカリーの店主でドワーフのメイリーとも親しくなるが、怪しい男があらわれて……。    本書は『伝説とカフェラテ 傭兵、珈琲店を開く』に続く、ヴィヴが活躍するシリーズの第二弾で、時系列的には第一弾の前のエピソードにあたる。なんといっても素晴らしいのは、食べ物が美味しそうなところだ。ヴィヴと同様、メイリーが作るビスケットや糖蜜パンの虜になってしまう。潰れかけの本屋をたてなおす工夫も楽しいし、オークよりもさらに読書と縁遠そうな存在が本の魅力に目覚めるところも最高だ。    美味しそうな食べ物があると、異世界を身近に感じて愛着もわく。上橋菜穂子の『精霊の守り人』(新潮文庫)は、アジアに似た架空の国を舞台に、女用心棒バルサと、実の父に命を狙われる皇子チャグムの冒険を描く。弁当屋の鳥飯や山菜鍋といった食の描写に惹きつけられずにはいられない。レシピ集も出ている。     C ・ S ・ルイス『ナルニア国物語 1  ライオンと魔女』(小澤身和子訳、新潮文庫)は、四人きょうだいが衣装だんすの奥にある別世界ナルニア国を訪れるファンタジーの名作。ナルニア国を支配する白い魔女が、人間の少年を懐柔するために食べさせる「ターキッシュ・ディライト」は、子供たちのあこがれのお菓子だ。お気に入りのおやつとお茶を用意して読みたい。   [ レビュアー ] 石井千湖(書評家) 1973 (昭和 48 )年佐賀県生れ。書評家、ライター。早稲田大学卒業後...