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佐野寿宏のBOOKブログ!「つのだじろう」はオカルト漫画だけじゃない! ギャグは超一流、作品モチーフも時代を先取り…作品紹介本『つのだじろう完全仕事読本』を解説(Bookレビュー)

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 ブックバン      7/26(日)   6:00        本人も「『うしろの百太郎』『恐怖新聞』の大ヒットで『つのだじろう=オカルト漫画家』と定義する向きもあるが、それは漫画に無知な『にわか評論』の学者に見られる現象」と言っているように、ギャグも超一流だし将棋やホステスや漫画家を作品のモチーフにするのも早すぎたのに、なぜか正当に評価されていないつのだじろう先生。ようやく作品紹介本『つのだじろう完全仕事読本〜魂を揺さぶる作品世界〜』(かや書房)が出たのに、梶原一騎抜きで極真空手・大山倍達総裁の『空手バカ一代』前史を描こうとして打ち切りになった『ゴッドハンド』がないのはおかしいとか、『魔子』を紹介するのに梶原兄弟への憎しみをアナグラムで作品に混入させてトラブルになったことに触れないのはおかしいとか思うけど、それはつのだ先生の意向だろうからしょうがない。  ただ、作品紹介にはつのだ先生のコメントも載せるべきだっただろうし、本人の発言が全45ページの「つのだじろう一代記」だけなのはさすがにもったいなさすぎるのだ。 「つのだじろうといえば、難しい人だと奇妙な噂がついて廻っている様だ。まあそこらについては『一家言』ある訳で…物事を丸く収めるには、犠牲者というか誰かを悪者にした方が、周囲の納得を得やすい訳で新漫画党(※注 トキワ荘の仲間たちと作った若手漫画家集団)でも同じ! なんか都合が悪くなったら『俺のせい』にしとけば良いから…と常々悪役を買って来た。(略)だからみんな経歴にも傷がなく、第一人者になれたと思ってはいるが(略)すっかり『業界の悪役』みたいな事にされてしまった様だ。(略)多分、その噂の根源になったのは、『例の問題』なんだろうが…むしろアレだったのは相手側の方で…(略)俺はそんなに、気難しい人間じゃあねえぞ! (笑)」  これが梶原一騎との騒動のことだとしたらその通りなんだが、実弟のつのだ☆ひろ氏を取材したら「兄貴、面倒くさいからね(笑)」と言っていたことも報告しておきます!  [レビュアー]吉田豪(プロ書評家、プロインタビュアー、ライター) 1970年、東京都出身。プロ書評家、プロインタビュアー、ライター。徹底した事前調査をもとにしたインタビューに定評があり、『男気万字固め』、『人間コク宝』シリーズ、...

佐野寿宏のBOOKブログ!784名もの学童が海の底に沈んだ…『対馬丸』を執念で著した芥川賞作家・大城立裕が「あとがき」に記した一文とは(Bookレビュー)

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 ブックバン      7/23(木)   6:00        名著には、印象的な一節がある。    そんな一節をテーマにあわせて書評家が紹介する『週刊新潮』の名物連載、「読書会の付箋(ふせん)」。    今回のテーマは「沖縄」です。選ばれた名著は…?      ***    終戦前年の 1944 年 8 月 22 日夜、沖縄から九州に疎開する子どもたちを乗せた対馬丸が、アメリカの潜水艦ボーフィン号の魚雷攻撃を受けて沈没した。疎開者 1661 名、うち学童は 834 名。生き残った学童はわずか 50 余名だった。    この悲劇を、沖縄出身の芥川賞作家・大城立裕が、膨大な資料と聞き取り調査をもとに描いたのが『対馬丸』である。    親たちは、危険な水域を通って子どもたちを運ぶのは軍艦だとばかり思っていたが、対馬丸は建造から 30 年が経った貨物船だった。    子どもたちの疎開は国策だった。少国民の教育に差し支えがないようにするためだけではない。陸海軍の配備が進んで 10 万もの兵隊が沖縄にやってきたため、食料が不足しないよう、人口を減らさねばならない事情もあったのである。   〈このたび、みなさんが疎開するということは、とりもなおさずお国にご奉公することであります〉    出航にあたって、市長や県視学はそう述べたという。    危険を知らされず、修学旅行にでも行くような気分で乗船した子どもたちは海に沈み、波にのまれた。板切れや筏にすがって漂流した者も、多くが力尽きた。    沈没後は厳しい箝口令が敷かれ、親たちは長い間、わが子の生死を知ることができず、霊を弔うこともできなかった。   〈国家の暴力によって子どもたちの日常の友情と夢を砕いた〉のが対馬丸事件だったと、著者はあとがきに記している。   [ レビュアー ] 梯久美子(ノンフィクション作家) 1961 (昭和 36 )年熊本県生れ。北海道大学文学部卒業。編集者を経て文筆業に。『散るぞ悲しき』で 2006 (平成 18 )年に大宅...

佐野寿宏のBOOKブログ!異端の俳人「西東三鬼」が照らした戦時下という暗い海…事実のすきまに壮大なフィクションを滑り込ませた小説『三鬼』(Bookレビュー)

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 ブックバン      7/17(金)   6:00        小説は実に17年ぶりという著者による、新興俳句の俳人西東三鬼を主人公にした歴史小説である『三鬼』(小林恭二・著)。 「水枕ガバリと寒い海がある」「おそるべき君等の乳房夏来る」などいま見ても新鮮な句があり、神戸に暮らした日々をしるした散文(「神戸」など)の愛読者も多い。  小説では、「神戸」に書かれる前の三鬼と彼を取り巻く人々の姿を描く。シンガポールで歯科医院を開業し日本に戻って貿易商社を経営したことや、歯科医時代に俳句を始め、「京大俳句」事件に連座し逮捕されるといった伝記的事実のすきまに壮大なフィクションを滑り込ませ、どこがつなぎ目かわからない。  第一次「京大俳句」事件で逮捕者が出たあとも、中心人物であるはずの三鬼はしばらく逮捕されなかった。単に特高警察が泳がせていたというのではなく、三鬼と彼の一族が華僑や印僑との間で築いてきた人脈をシンガポール侵略に生かしたい思惑が陸軍にあり、陸軍と特高の間の綱引きがあったと描く。  新興俳句弾圧事件ほど「意味のない弾圧はなかった」という著者の言葉に深く納得させられる。「京大俳句」の会員も三鬼も、伝統俳句を刷新したい気持ちはあっても、わかりやすい反戦や体制批判句を書いたわけではない。だから怖い。  戦争に向かう国家にとって、「みなが同じ方向を向かねばならない時」に「別の方向を示唆するもの」が好ましくないのはよくわかる。ダンスやゴルフを好む「中年ドンファン」の三鬼はまったく戦争にふさわしくなく、そのぶん小説の中で強烈な輝きを放っている。  登場人物それぞれの後日談が語られるエピローグの、三鬼とともに商社で働いていた三橋に関する記述に、「筆者は若くして三橋敏雄の知己を得た」とあるのが目に留まった。三橋少年が三鬼を見つめていたように、著者も三橋と接し彼らの時代の空気を肌に感じてきたのだろう。 [レビュアー]佐久間文子(文芸ジャーナリスト) 1964年大阪府生まれ。1986年、朝日新聞社に入社。文化部、「AERA」、「週刊朝日」などで文芸や出版についての記事を執筆。2008年から書評欄の編集長を務め、2011年に退社。著書に『「文藝」戦後文学史』(河出書房新社)。 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Boo...

佐野寿宏のBOOKブログ!幕末・明治の激流から生まれた怪奇と伝奇。「帝都物語」以来の衝撃! 荒俣宏『文明怪化奇談』(Bookレビュー)

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 ブックバン      7/15(水)   6:00        本書『文明怪化奇談』は、「帝都物語」シリーズ以来、約二十年ぶりとなる荒俣宏の怪奇伝奇小説である。これを聞いて放っておけるはずがない。  作品は、塚原渋柿園が主宰する談話会で、幕末から明治へ流れる、文明開化という激流の中を駆け抜けた新聞記者たちが、自ら体験した奇談を語るという形式がとられている。 『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)の伝統をくみ、語られる初めの二話――「函館氷」「橘氏の火葬炉」は、それぞれ、箱館戦争と大逆事件が絡んでいるものの、怪異そのものはまだ可愛いほう。 「カーマンセラ嬢」の、第五回内国勧業博覧会での「不思議館」における“電気ダンス”のレントゲンと表裏一体となる被曝というように、早くも近代怪談への道が示されている。  続く「眼球の写真」の冒頭、日比谷焼討事件の夜、ビルの屋上に登った二人組の新聞記者が、近衛師団の敷地の上に出現したいくつもの光球を見る、抜群の発端はどうだ。この物語で作者は、国家規模の怪異を用意しているのだ。  そして、本篇で語られるその怪異――光の作用で網膜に平将門の絵が焼きつき、どこを見ても将門が見えるという怖ろしさは、笑い事では済まされない。  作者は、この抜き差しならぬ物語で、本書の重要なテーマを記している。すなわち、西欧文明に追いつけ追いこせと機械化の道をたどった近代が、庶民にもたらしたものは何だったのか。  ある一部の者をのぞいて、そのあまりに早い変化に追いつけなかった者にとっては、近代そのものが怪異であり、人々はその前に無力でしかなかったのである。  作者は「二笑亭の電話」で、電気・電話・電流をモチーフに、「狂人」の創作した屋敷の深部へ潜入していくことと、関東大震災を二重写しにすることによって、紙くずのようにひしゃげてしまう近代文明の姿を活写している。近代伝奇小説の勝利である。 [レビュアー]縄田一男(文芸評論家) 昭和33年(1958年)東京都生まれ。専修大学大学院文学研究科博士課程修了。『時代小説の読みどころ』で中村星湖文学賞、『捕物帳の系譜』で大衆文学研究賞を受賞した。大衆文学研究会の会長、チャンバリストクラブの代表を歴任。著書に『武蔵』、『歴史・時代小説100選』、『ぼくらが惚れた時代小説』(...

佐野寿宏のBOOKブログ!あえて戦争について「考えない」、観光客的な態度で臨む平和論…東浩紀『平和と愚かさ』を読む(Bookレビュー)

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 ブックバン     7/14(火)   6:00       書評『平和と愚かさ』  記憶の変化は原理的に当人にはわからない。「記憶が変化した」ことを覚えている、ということは変化前の記憶を覚えているということであり、本当の意味で記憶が変化したとは言えないからである。記憶の変化を指摘できるのはその変化を観察していた、当人以外の人間である――これは個人の記憶についての場合である。では二者の関係性の記憶の変化についてはどうだろうか?     友人同士である A と B がいる。しかし A はある時「 B は昔からずっと自分を虐めていた。我々ははじめから友人などではなかった」と言う。 B は反論し「 A を虐めたつもりなんてない。我々ははじめから今にいたるまで友人である」と言う。この場合 A は B の責任を追及するために「虐めがあった」という記憶だけを保持し、 B はそれに反論するために「友人だった」という記憶だけを保持し、結果的に両者とも記憶の変化を否定する。    この場合、係争外の第三者だけが記憶の変化を指摘できる。これを国家間紛争の問題に置き換えてみると、第三国の人間のみが記憶の変化を指摘できるということになる。    それはある意味、両国どちらの立場もとらない、政治的に無責任な態度である。時にはふらふらとした、物見遊山的な態度であるかもしれない。しかしそのような政治的に無責任な、ふらふらとした、物見遊山的な態度でのみ、考えられることがあるというのは、『観光客の哲学』以来著者の主張であり、今作にも貫かれている。    今作において、そのような「観光客」的な態度で著者が何を考えようとしているかというと、一つは第 1 部の旧ユーゴスラヴィアの旅を通じて思考される、平和としての「考えないこと」である。 ―― ( 1 )    著者は平和の本質として、「戦争について考えないことが許されること」をあげる。「戦争について考えない」というのはつまり「平和ボケ」である。普通それは「愚かさ」として批判される。現実には「平和」の名のもとに、差別され、虐げられ、殺されているものたちが存在しているという事実を、抑圧しているからだ。しかし「平和ボケ」が...

佐野寿宏のBOOKブログ!ホームレス同然の生活を送った芥川賞作家「東峰夫」…人々に忘れられるのはつらいか? の問いへの「意外な回答」とは(Bookレビュー)

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 ブックバン     7/13(月)   6:00        名著には、印象的な一節がある。  そんな一節をテーマにあわせて書評家が紹介する『 週刊新潮 』の名物連載、「読書会の付箋(ふせん)」。    今回のテーマは「沖縄」です。選ばれた名著は…?   ***  約束の場所に自転車でやってきた 東峰夫 (ひがしみねお)は、インタビュアーの上原隆にまずこういった。「私について書くことを許可します。何でも聞いていいですよ」  東峰夫は作家だが、それで食べているわけではない。  1956年、18歳のとき、「真理とは何か」を探求するために沖縄の高校をやめた。米軍基地などで働いたあと26歳で上京、神田の製本屋に住み込んだ。日曜出勤をせず部屋のこたつに入っていると、社長に「どうした、おきなわくんよ」と声をかけられた。「やるならやってくれ、やらないならやめてくれ」  仕事をやめ、パンの耳が入った パン屋 のバケツを見つけて食いつないだ。  33歳のとき『オキナワの少年』が文學界新人賞、 芥川賞 をとった。受賞作のつづきを書けと編集者にいわれたが、書きたくない。77年に結婚して沖縄に住み、主夫として子育てをした。84年、46歳で単身再上京、日払いの仕事をしながら書こうとした。  上原隆が尋ねる。「人々が自分の名前を忘れていくのはつらいことですか?」 「ぜんぜん」と東峰夫はこたえる。「自由で、自然で、生きやすいことです」  誠実で警戒されないタイプの書き手・上原隆は1995年から96年にかけ、20余人の中高年「ひとりもの」にインタビューし、さわやかにさびしいこの本『友がみな我よりえらく見える日は』はできた。  東峰夫は健在なら、今年88歳。 協力: 新潮社  新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社  

佐野寿宏のBOOKブログ!なぜ58歳で逝ってしまったのか…早世の奇才「津原泰水」の“最高の1篇”が収められた『烏と孔雀』とは(Bookレビュー)

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 ブックバン     7/10(金)   6:00        2022年10月2日逝去。稀代の幻視小説家・津原泰水(やすみ)が亡くなってもうすぐ4年が経とうとしている。その喪失感は今もって埋めることはできない。少女小説から始まって、SF、ミステリー、幻想小説、青春小説、恋愛小説と、さまざまなテイストの作品を発表してきたけれど、どの作品にも共通するのが、この現世においてあり得たかもしれない、あり得るかもしれない真実の相を幻視で見通す力。津原泰水に相応しい冠は、「唯一無二」なのである。 「幻獣たち」(1998年7月発表)を皮切りに、「リサイクル(亀井省吾の場合)」(22年5月発表)まで全14作品を収めたこの『烏と孔雀』は、『譚集』『11eleven』に続く第3作品集。津原泰水の多面的な魅力に触れることができるラインナップになっているのだけれど、注目すべきは20年以降に発表された作品群ではないだろうか。SARS-CoV-2(コロナ)禍にあった時代に書かれた作品はどれも、濃淡の差こそあれど、あの頃の気配を伝えて素晴らしいのだ。    アマビエのコスプレを自ら製作して身にまとう男子高校生の友情と先輩への淡い恋情を軽快なリズムで描いて、最後の2行で思いがけないほどのエモい境地へと読者を連れ去る「I,Amabie」。架空の国の架空の音楽の理論や楽器、演奏法を知的に生み出したばかりか、その背景に猛威をふるう螺旋熱を配することで、奏者である男の人生と愛を感情豊かに立ち上がらせる「カタル、ハナル、キユ」。とりわけ素晴らしいのが、女子高生の広島弁一人称で綴られる「恋するマスク警察」だ。通学電車で見かけた、絵が描かれた不織布マスクをつけている見知らぬ男性を〈エゴンさん〉と呼ぶ〈ウチ〉こと呂奈(ろな)の、若々しくて清々しくて愛おしい日々と気持ちをはずむ広島弁で描いて、変幻自在の文体家・津原泰水の面目躍如。なぜ58歳で逝ってしまったのか。口惜しい上にも口惜しくなる最高の1篇なのである。 [レビュアー]豊崎由美(書評家・ライター) 1961年、愛知県生まれ。フリーライター、書評家として活動。雑誌や新聞、WEBなどで書評を多数掲載。著書に『そんなに読んで、どうするの?』『ニッポンの書評』、共著に『文学賞メッタ斬り!』『百年の誤読(ち...