佐野寿宏のBOOKブログ!仕事とプライベートの両立の難しさ描く 『その名前をいつか』『あしたの名医4』の魅力(Bookレビュー)

 ブックバン     9/10(木) 6:00

 

  

 

 プライベートに問題を抱えていると仕事への注意が散漫になり、仕事が忙しすぎるとプライベートにリソースが割けない。青山ヱリ『その名前をいつか』(朝日新聞出版)には、仕事とプライベートのトレードオフ関係を見事に活写した場面がある。  二人の女性の、二〇年に及ぶ特別な関係を追う物語だ。第一章では中学三年生の藤原六花が舘村曜と出会い友情を濃くしていく姿と、曜の転校による別離が紡がれる。第二章では二人が一五年ぶりに再会し、中学時代に交わした何気ない会話をなぞるようにして東京で同居生活がスタート。六花はメーカーのデザイナーとしてバリバリ働いているが、曜は無職かつのっぴきならない身辺事情を抱えている。六花は同居人のケアに夢中になるあまり、仕事がおざなりになり……。深刻な発注ミスに気づいた瞬間の戦慄の感覚に始まり、上司を伴い取引先に謝罪する一連の場面は読みながら震えに震えた。事態の原因を作った同居人の存在が、急に疎ましく感じられる心情描写も抜群にリアル。相手への期待や幻想が底をついた、そんな状態に陥ったからこそ、主人公の内側に湧き上がってくる感情に真実の感触が宿る。それは、「好き」だ。第三章では、禰音という小さな女の子を含めた三人の同居生活が描かれる。  六花の「好き」と、曜が六花に抱く「好き」は中身が違う。その意味で本作は、強烈な片思いの物語だ。ゴールに設定されているのは、両思いになることではなく、思い続ける未来を感じさせること。この人たちの、この関係性の中にしかない幸せのかたちが確かに書き込まれていた。

 

 藤ノ木優の医療小説シリーズ第四弾『あしたの名医4 それぞれの決断』(新潮文庫)は、医療過疎地域である伊豆長岡の病院に赴任した若手産婦人科医・北条衛の物語。今巻は、遠距離恋愛中の看護師の恋人・折原沙耶との再会から物語の幕が開く。実は、沙耶は卵巣に大きな腫瘍があった。医師としての自分と恋人としての自分、仕事とプライベートを、きっちり分けることができるのか。主治医として恋人の体にメスを入れるべきか、他の医師に任せるべきか? 優柔不断を自認する衛が、尊敬する医師からアドバイス(自分だったら迷わずこうする)などを受けながら、ついに決断する場面はシリーズ随一の熱さが迸る。  その決断のロジックには、産婦人科医である作者の経験や想像力が生かされていることだろう。しかし、それらが最も生かされていると感じたのは、衛に刻まれたトラウマの存在だった。このトラウマは、産婦人科医にとってあまりに意味深いものではないか? 今巻で主人公のプライベートの部分が大きく開示され、彼の人生に対する興味のギアが一段上がった。衛は果たして、仕事とプライベートを両立させることができるのか。次巻以降を楽しみに待ちたい。 [レビュアー]吉田大助(ライター) 1977年、埼玉県生まれ。「小説新潮」「野性時代」「STORY BOX」「ダ・ヴィンチ」「CREA」「週刊SPA!」など、雑誌メディアを中心に、書評や作家インタビュー、対談構成等を行う。森見氏の新刊インタビューを担当したことも多数。構成を務めた本に、指原莉乃『逆転力』などがある。 協力:新潮社 新潮社 小説新潮 Book Bang編集部 新潮社  

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