美容外科の宣伝文句「痩せたらなにもかもが変わる!」で食べ物を受け付けなくなった少女…「該当作なし」の第173回芥川賞候補作『たえまない光の足し算』(Bookレビュー)

 ブックバン     9/1(月) 6:00

 


 

 都会的なその街の駅裏には公園があり、中心には「かいぶつ」と呼ばれる不気味な時計台が立ち、絡みつくようならせん型の展望台が囲む。何周もあるらせんには少年少女が散らばって陣取り、「とび商」と自称しながら観光客相手に個人商売をしている。治安がいいとは言えないこの場所が、小説の舞台だ。  薗はその商売人。観光客から施された非食物を食べる「異食の道化師」だというのだが、これは彼女の芸でありながら、偽りなしの性分でもある。  美容外科のポスターで「痩せたらなにもかもが変わる!」という言葉を見て以来、食べ物らしい食べ物は受けつけず、雑草や土や金属の方が抵抗なく喉を通り、好物は花の蕊。「あの細くて、ふくらんでしなって先に粉を貯める蕊の影が花びらに映るのが好きだった」というミクロな視点が、食用として顔を寄せて向き合っていることを物語る。  現実離れしているが、その世界は現実に根を張ったものだ。薗は餓死することはないが、異食によって生理がこないことを意識するし、彼女の食生活を心配する者も少なくない。  その一人である抱擁師のハグのアパートで暮らすことになり、薗は少しずつ彼女に体と心を預けようとする。そこにもう一人の同居人となる軟派師の弘愛が現れると、彼に対する嫉妬も見え隠れし始める。  しかし、いくらか共に過ごしたところで、彼らの結びつきや愛憎はどこか空虚だ。その理由は、彼らの自我が「とび商」として営む商売に支えられているせいだろう。そして、その職業倫理は若く未熟であるがゆえに単純で、清く危うい。  薗は自分たちを「非生活者だった」と考えるが、確かにこの小説は、生活を介入させずにどんな仕事が可能かという葛藤に満ちている。それに向き合う作者の姿が、半幻想の舞台設定や、光あれと刻みつけるような文体の奥に透けて見えるようだ。 [レビュアー]乗代雄介(作家) 作家。86年生。著書『ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ』 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社 

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