菅 孝行『浅利慶太 劇団四季を率いた男の栄光と修羅』を大澤真幸(まさち)さんが読む(書評)
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ブックバン 7/15(火) 6:00
エドレールがあったのに
浅利慶太。劇団四季を率い、「キャッツ」等のミュージカルをヒットさせ、ショービジネスの世界で成功した演劇人。本書は、浅利の評伝だが、それを通じて、著者の菅孝行は、日本で芸術(演劇)のプロであることはいかにして可能かを問うている。 浅利は一九三三年の生まれ。二十歳のときに劇団四季を結成した。浅利の原点には、純粋な芸術的衝動があった。本書では、この点がまず強調されている。浅利は、既成劇壇のリアリズムに抵抗する独自の演劇を追究していた。 六〇年代前半に日生劇場の建設・運営に関与したことが、浅利の転機となった。以降、浅利は政治家との結びつきを深めていく。日生劇場を通じて浅利は、ブロードウェイ・ミュージカル「ウェストサイド・ストーリー」と出会い、衝撃を受ける。浅利は時間をかけて、四季を、主としてブロードウェイ・ミュージカルを日本化して演じる劇団へと転進させる。 ミュージカル公演はビジネスとして大成功し、九〇年代後半には、四季の年間公演数は二千回を突破し、入場者数は二百万人を超えた。しかしこのビジネス規模の拡大こそが浅利の悲劇だった。これほど多くの観客に受け入れられなければならないとすると、親子が安心して一緒に見られる作品でなくてはならず、感性豊かな大人だけを対象にする作品の上演が難しくなるからだ。 アンチゴーヌとして始まったが、クレオンの妥協をした。菅は、ギリシア悲劇の登場人物に喩(たと)えて、浅利の変貌をこう表現する。アンチゴーヌは、権力への服従を徹底して拒否し、精神の自由を保つ態度を、クレオンは、現実主義的な配慮から権力に妥協する態度を、象徴している。演劇を興行として成功させ、劇団を経済的に自立させるためには、クレオンの妥協が必要になる……のだろうか? 第三の道があったはずだ、と菅は主張する。その第三の道は、サルトルの戯曲の主人公に託して「エドレールの妥協」と呼ばれている。本来の(芸術的)目的を放棄せず、ただその目的を達成するためにのみなされる妥協。本書は浅利を批判しているが、その批判には愛がある。エドレールがあったのに、と浅利に呼びかけているのだ。 大澤真幸 おおさわ・まさち●社会学者 [レビュアー]大澤真幸(社会学者) 1958年、長野県松本市生まれ、社会学者。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。社会学博士。千葉大学文学部助教授、京都大学大学院人間・環境学研究科教授を歴任。専門は理論社会学。2007年、『ナショナリズムの由来』で毎日出版文化賞を、2015年、『自由という牢獄――責任・公共性・資本主義』で河合隼雄学芸賞を受賞。主な著書に『〈自由〉の条件』『夢よりも深い覚醒へ』『日本史のなぞ』『可能なる革命』『〈世界史〉の哲学』、共著に『ふしぎなキリスト教』などがある。 協力:集英社 青春と読書 Book Bang編集部 新潮社
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