なぜ彼は「一杯2000円もする高級コーヒー」を飲むのか? 思わず真相が知りたくなるミステリ短編集(Bookレビュー)
ブックバン 8/18(月) 6:00
上首尾の短篇集である。 水見はがね『朝からブルマンの男』は五篇から成る短篇集だが、収録作はすべて水準以上の出来で、どれを読んでも新たな発見があり、古典的な技巧をこんな風に使うのか、と感心もさせられる。しかもこれが作者のデビュー作だというのだから、言うことはない。 表題作は、小倉千明「嘘つきたちへ」(同題短篇集所収。東京創元社)と第一回創元ミステリ短編賞を同時受賞した。桜戸大学ミステリ研究会に属する一年生の冬木志亜は、 二年生の先輩・葉山緑里と共に、友人の父親が経営する喫茶店で起きている奇妙な事態の謎解きに挑む。 その〈まほろば〉に週三回、開店と同時にやってくる客がいる。注文は常に、一杯二千円もするブルーマウンテンだ。なぜ彼は、朝からそんな高級なコーヒーを飲むのだろうか。 この小さな疑問が思わぬ道筋を辿って膨張していくのである。志亜の大胆な想像と緑里の地に足のついた推理の組み合わせが読みやすく、結末まで気持ちよく導いてもらえる。解決の見せ方も巧いのだが、この作者は謎を提示するやり方も上手で、ついつい関心を惹かれてしまう。「ウミガメのごはん」で提示されるのは、母親が作るごはんが金曜日だけまずいのはなぜか、という謎だ。思わず真相を知りたくなるではないか。 温故知新、今では見かけなくなった技巧も意図的に取り入れられている。表題作では現在は人気薄だがミステリー創成期からあるトリックが用いられていた。四話目の「受験の朝のドッペルゲンガー」には謎解きのヒントとして、なんと時刻表が使われる。まるで昭和のトラベル・ミステリーのようだ。もちろん、西村京太郎作品にも言及があった。 謎を解くと事件関係者の真意が見えるようになる、という話の構造で、友情と信頼を描くことを共通の主題とした短篇集でもある。草原を吹き渡る風のように清々しく、好ましい。 [レビュアー]杉江松恋(書評家) 1968年東京都生まれ。ミステリーなどの書評を中心に、映画のノベライズ、翻訳ミステリー大賞シンジケートの管理人など、精力的に活動している。著書に海外古典ミステリーの新しい読み方を記した書評エッセイ『路地裏の迷宮踏査』『読み出したら止まらない! 海外ミステリーマストリード100』など。2016年には落語協会真打にインタビューした『桃月庵白酒と落語十三夜』を上梓。近刊にエッセイ『ある日うっかりPTA』がある。 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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