「これほど乱暴にゆさぶり、戦慄させる小説はめったにない」阿部智里の新作ファンタジー『皇后の碧』の魅力とは(書評)

 ブックバン    6/23(月) 6:00

 


 

 累計240万部を超える大ヒット作「八咫烏シリーズ」の作者・阿部智里さんが、「 風・土・火・水」の精霊たちが織り成す壮大なファンタジー小説『皇后の碧』(新潮社)を上梓した。

 

 独自の世界観と鮮やかなキャラクター造形で読者を魅了し続ける阿部さんの新作に、数々のファンタジー小説を訳してきた翻訳家の金原瑞人さんも「気力と迫力に満ちた、思い切り暴力的な作品」と驚きを隠さない。

 

「底抜けの想像力!」と絶賛する金原さんが、新たな物語世界を切り開いた本作の読みどころを余すところなく綴った書評を紹介する。

 

金原瑞人・評「想像力の底が抜けた」

 書評や文庫の解説を頼まれると、本や校正のゲラを読むときに、考えたり思いついたりしたことを赤のボールペンで余白に書きこむようにしている。『皇后の碧』を読み終えて、最初から赤字を追いながらメモを取っていたら、二五六ページに、「底抜けの想像力!」という書きこみがあった。そうだ、ナオミがアダに食料貯蔵庫の秘密を明かす場面を読んだとき、背筋が凍った。予想もしなかった展開と、突然の斬新なイメージに、体が震えた。一瞬、これは恐怖小説なのかと思ったほどだ。いままで多くのファンタジーを読み、かなりの数のファンタジーを訳してきたが、こんな経験は初めてだった。

 

 1966年にCS・ルイスの『ライオンと魔女』が、1972年にトールキンの『旅の仲間』が翻訳出版されて、ファンタジーという言葉が日本でも使われるようになるのだが、長い間、日本にファンタジーは根づかないといわれた。しかし1980年代後半以降、荻原規子、小野不由美、上橋菜穂子、乾石智子といったファンタジー作家が続々と誕生してきた。そして、2012年、阿部智里が『烏に単は似合わない』でデビュー。ほぼ毎年、「八咫烏シリーズ」は新作が出て、新しい読者を開拓している。そんな作者の新作はこれまでの日本のファンタジーだけでなく、本人のファンタジーをも一蹴するような気力と迫力に満ちた新感覚の作品で、思い切り暴力的な作品に仕上がっている。

 

 暴力的といっても、戦いや争いを中心に話が展開するわけではなく、残酷な描写があるわけでもない。そもそも物語は孤児になった主人公のナオミが孔雀王ノアに拾われて「鳥籠の宮」で厚遇を受けるところから始まる。

 

 ノアはとても美しい精霊で、「神々を模した彫刻を思わせる白皙は、ろうたけた女のよう。なめらかな素肌には、こめかみから頭部にかけて、青から緑へと光沢の変わる羽毛と冠羽が生えている。その背中には豪奢な翼があり、尾羽はあまりに長く、地面に引きずりそうなほどである。」

 

 そして五年後、ノアの上位に立つ蜻蛉帝シリウスが「大蜻蛉の化け物――千丈やんま」を悠々と乗りこなして鳥籠の宮を訪れる。豪華な装飾のほどこされた黒い鎧を身に纏い、「背丈に見合う長さの透き通った翅は、まるで水晶で出来たナイフのように鋭く両脇に突き出ている。鎧のいたるところに惜しみなく黄金と金剛石(ダイヤモンド)があしらわれ、蜻蛉の頭を模した兜の複眼部分には、特別巨大な青玉(サファイア)が二つも嵌っていた。」

 

 シリウスはナオミの緑の目に心をひかれ、妾(つま)の候補として居城「巣の宮」に連れていく。

 

 悪名高い巨漢、シリウスもナオミに対してはとても優しい。皇后イリス、第一寵姫フレイヤ、第二寵姫ティアに面会する機会を与えただけでなく、宮内を自由に見て回ることができるよう計らう。まるでナオミの魂胆を見透かしたかのような処遇だ。というのも、ナオミは孔雀王ノアから、イリスを助けてやってほしいといわれ、ここの内情を探ろうと思っていたのだ。

 

 孔雀王ノアは、蜻蛉帝シリウスとの戦いに敗れ、妻イリスを献上することで鳥籠の宮で生きていくことを許されたのだった。それを知っているナオミは侍女のアダのアドバイスにも耳を傾けながら、皇后や寵姫に会い、城内を探索していくのだが、だれかに会えば会うほど、未知の場所を訪れれば訪れるほど、疑問がわき、あちこちで不協和音が鳴り響く。そのうち、皇后イリスの姿を確かに目にしながらも、イリスがそこにいるのかどうかさえわからなくなる。

 

 ここは四大元素である「風・土・火・水」の精霊たちが暮らす世界だ。たとえば、孔雀王や蜻蛉帝やイリスは風、ナオミの父は土、フレイヤは火、ティアは水の精霊という設定になっている。ナオミは必死に探索を続け、新たな発見に翻弄され、そのたびにより大きな謎にぶつかるのだが、そのなかで着実に成長し、たくましくなり、ついに皇后イリスの秘密に触れることになる。そこが二五六ページ。ここを読んだときは、思わず声をあげてしまった。

 

 ところが、このあと、物語のテンポが一気に速くなり、展開もダイナミックになって、やがてナオミがこの世界の闇の歴史まで知ることになる瞬間、「底抜けの想像力!」と書きこんだ部分は、このクライマックスへの序曲に過ぎなかったことを痛感させられた。これほど読者を乱暴にゆさぶり、戦慄させる小説はめったにない。そのうえ、エンディングの爽快で痛快なこと! この作品を読み終えて、ひとつ気になることがあるとすれば、これ以上に衝撃的で魅力的な続編が書けるのだろうかという不安くらいだろう。

 

[レビュアー]金原瑞人(法政大学教授・翻訳家)

1954(昭和29)年岡山県生れ。翻訳家、英文学者。法政大学社会学部教授。エッセイ『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』『サリンジャーに、マティーニを教わった』のほか、ヘミングウェイ『武器よさらば』、モーム『月と六ペンス』、カート・ヴォネガット『国のない男』、アレックス・シアラー『青空のむこう』など訳書多数。

 

協力:新潮社 新潮社 波

 

 Book Bang編集部

 

 新潮社

 

コメント

このブログの人気の投稿

老人が赤ん坊へと若返っていく奇想天外な物語の映像化が見事(Bookレビュー)

実は「聖書」の発行部数がアメリカ・イギリスに次ぎ第3位の日本…キリスト教信仰をもち29歳で亡くなった「八木重吉」の言葉に思うこと(Bookレビュー)

選者・書き手の個性が際立つ「未来への入り口」ガイド(書評)