「お茶漬けざむらい」と呼ばれた落ちこぼれ武士の奮闘 「時代小説SHOW」管理人が絶賛した一冊(書評)

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 横山起也との出会いは、文字ではなく耳からだった。20231月、Twitter(現在のX)のスペースで配信された、デビュー作『編み物ざむらい』(角川文庫)の発売記念トークイベントを偶然耳にしたのがきっかけだ。それまで著者の存在を知らなかったが、彼は気鋭の編み物作家であり、手芸業界の第一線で活躍するイノベーター的存在。ワークショップや講演にも引っ張りだこの人気ぶりである。

 

 スペースでは、担当編集者が横山からあれこれと話を引き出しながら、物語や登場人物の魅力を紹介していくスタイルで進行した。講師やMCの経験も豊富なようで、語り口は明快でユーモアに富み、リスナーを自然と引き込む力があった。そのトークの巧みさにすっかり魅了され、編み物を得意とする武士という主人公の設定に興味をかき立てられた。イベントの翌日には書店でデビュー作を入手し、夢中で読み耽った。

 

 何より驚いたのは、『編み物ざむらい』が時代小説でありながら、人生哲学や励ましの言葉が随所に散りばめられていた点である。物語のあちこちに、読む者の背中をそっと押してくれるような名言が輝いていて、心に深く染み入った。『編み物ざむらい』は、ユニークなタイトルから色物のように見えるかもしれないが、実際には単なる青春時代小説にとどまらず、新しい読者層を時代小説の世界へ導く、まさに“イノベーション”となる一冊だと確信した。実際、この作品はその年の第12回日本歴史時代作家協会賞・文庫書き下ろし新人賞を見事に受賞している。

 

「編み物ざむらい」シリーズはすでに第3巻まで刊行されており、その世界観を広げるかたちでスピンオフ作品『幕末万博騒動』(角川文庫)も発表されている。今後の展開にも大いに期待が持てる。

 

 そして今回紹介するのは、横山が新たに放つ待望の新作『お茶漬けざむらい』(光文社文庫)である。編み物に続くテーマは、なんと「お茶漬け」だ。読者の意表を突くそのモチーフ選びには、まず唸らされる。

 

 物語の主人公は、妹尾未明(せのお・みめい)という若き落ちこぼれ武士。目立った才能もなく、唯一の取り柄は鋭い味覚だけという人物だ。子どもの頃から何をやっても失敗続きで、緊張すると体が「こわばり」に襲われてしまうという体質にも悩まされていた。いじめを受けた過去もあり、長らく引きこもっていた未明だが、あるきっかけで料理に目覚める。初めて作ったお茶漬けは、本職の料理人には思いつかない発想でありながら、驚くほど美味で、食べた者の心と体をほぐしていく。腹の底に張り詰めた琴線のような「こわばり」が、ふっとゆるんでいくような味だった。

 

 やがて、未明の作るお茶漬けは、友人同士の喧嘩の仲裁や、大切な談合の席にも供されるようになる。本人は「本業の料理人には到底かなわない」と劣等感を抱いているが、周囲の評価は高まり、ついには「お茶漬けざむらい」と呼ばれるまでになる。そして物語は、幕府の膳奉行の長男・四条園城華山(しじょう・そのしろ・かざん)から料理対決を申し込まれるという展開に至る。未明と華山の“舌勝負”が、物語の大きなヤマ場となる。

 

 時は黒船来航から十年を経た幕末。政情は混沌とし、開国か攘夷か、倒幕か佐幕か、誰もが正解を見出せぬまま、武家の若者たちはそれぞれの信念を胸に生きている。

 

 未明を取り巻く登場人物たちも魅力的だ。奇妙な絵ばかりを描く絵師・河辺仁鶴(かべ・にかく)、深川で人気の芸者・お蜜(みつ)など、多彩なキャラクターが物語に奥行きを与えている。彼らとの出会いや交流が、未明の内面に大きな変化をもたらす。成長の物語としても読み応えが十分だ。

 

 なかでも特筆すべきは、謎の絵師「伴櫛(ばんくし)」の存在だ。武家社会を風刺した水墨画を、江戸の目立つ場所――大店の戸口、武家屋敷の塀、大川にかかる橋などに描いて回っており、その行動はまさに現代のストリート・アーティスト「バンクシー」を彷彿とさせる。読者の興味を強く惹きつける存在であり、その正体も物語の大きな謎のひとつとなっている。

 

 江戸の料理や菓子を題材とした時代小説は数多く存在するが、本作ほど「お茶漬け」に真正面から向き合い、それを武士の技芸の一つのようにまで昇華させた作品は稀有である。横山の手によって、庶民的な料理が物語の中心に据えられ、一杯の茶碗には人生の滋味が丁寧に染み込んでいる。編み物という著者が最も得意とする世界から、食という激戦区のテーマへ果敢に挑んだ著者の姿勢には、時代小説で新たな地平を切り開こうとする強い意志が伝わってくる。まさに、本作は時代小説のイノベーションと呼ぶにふさわしい。シリーズ化され、今後もさらなる広がりを見せてくれることを心から願ってやまない。

 

[レビュアー]理流(時代小説紹介サイト「時代小説SHOW」管理人)

新潟県生まれ。1996年より、おすすめ時代小説サイト「時代小説SHOW」を開設し、管理人を務める。宝島社「この時代小説がすごい!」や「東京新聞」などで、おすすめの時代小説を紹介する。2025年、『小説を書く人のChatGPT活用入門』をKindleで刊行。

 

協力:アップルシード・エージェンシー アップルシード・エージェンシー

 

 Book Bang編集部

 

 新潮社

 

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