「祈り」と「推理」が照らす医療の光と影…現役医師が描く過酷な現実と、異能の医師が挑んだ謎(書評)
ブックバン 7/2(水) 6:00
医師の赤裸々な姿がここにある。
朝比奈秋『受け手のいない祈り』(新潮社)は、二〇二四年に『サンショウウオの四十九日』(新潮社)で第一七一回芥川龍之介賞に選ばれた作者が、それ以前に執筆していた作品である。小説家デビューを果たす数年前まで、朝比奈は現役の医師だった。その体験が投影された作品でもあるのだろう。
〈私〉こと公河は、大阪市近郊に存在する総合病院の勤務医である。誰でも受け入れるということを理念として運営される病院には多くの急患が搬送されてくる。近隣の病院が次々に夜間救急から撤退したため、最後の砦になってしまっているのだ。公河たちは果てしない連続勤務の中で時間の感覚を喪失するほどに追いつめられていく。
押し寄せる患者は、風に吹かれて起こる草擦れの音のようなものだ。寄せては返す波とは違い、ざざざという葉音は引くことを知らない。公河は「これから先この町で受け入れ先なく死んでいくだろう住民たちの死の総体」を幻視する。そういった死の重なりが医師に被さってくるからであろう。しかし公河には、それを受け止めるだけの力がもう残されていないのである。
理念だけでは現実は受け止められない。公河の身体的苦痛が描かれることにより、地域医療の現実が鮮烈に浮かび上がってくる。医師の命もまた、救われるべき一つの命であることに違いはない。
アニメに続きドラマ化も実現して話題となった知念実希人の〈天久鷹央の事件カルテ〉は、医療ミステリーを代表するシリーズとなった感がある。『鏡面のエリクサー』(実業之日本社)はその最新長篇だ。
天医会総合病院に入院していた都議会議員の八千代和子が、自分は殺される、という電話を警察にかけるという出来事が起きる。術後の状態が悪化したことによる譫妄が引き起こしたものかと思われたが、やがて彼女は失踪し、死体で発見されてしまう。その首筋は刃物で大きく切り裂かれていた。
院長の天久大鷲に殺人容疑が掛けられるという最悪の事態となり、姪の鷹央が部下である小鳥遊優と共に真相解明に乗り出す。鷹央の肩書は統括診断部部長である。他の科で診断がつかなかった奇怪な症例を引き受けるのが統括診断部で、過去作でもさまざまな患者と向き合ってきた。その医療小説としての面白さと、犯罪絡みの謎解きが同時に味わえるのが本シリーズの魅力である。
鷹央が調べるうちに、八千代議員が怪しげな代替療法に嵌まっていたことがわかってくる。水鏡星夜という医師が行う鏡面反響療法が、がんさえも完治させるものとしてひそかに広まっていたのである。鷹央は推理によって殺人事件を解決するだけではなく、代替療法の詐術を暴かなければならなくなる。楽しみながら現代医療の最前線に触れることもできる良作だ。
[レビュアー]杉江松恋(書評家)
1968年東京都生まれ。ミステリーなどの書評を中心に、映画のノベライズ、翻訳ミステリー大賞シンジケートの管理人など、精力的に活動している。著書に海外古典ミステリーの新しい読み方を記した書評エッセイ『路地裏の迷宮踏査』『読み出したら止まらない! 海外ミステリーマストリード100』など。2016年には落語協会真打にインタビューした『桃月庵白酒と落語十三夜』を上梓。近刊にエッセイ『ある日うっかりPTA』がある。
協力:新潮社 新潮社 小説新潮
Book Bang編集部
新潮社
.jpg)
コメント
コメントを投稿