天狗と出会った紀州藩の若き本草学者。知的探求心が奏でる生命賛歌(書評)

 ブックバン      7/6(日) 6:00

 


 

 

 大切なものすべてがある小説だ。

 

 生あるものの美しさを描ききる文章の充実、そもそも命とは何かを問う態度の真摯さ、登場人物を実在する友と感じさせる体温の通わせ方。木内昇『奇のくに風土記』はそれらを兼ね備えた作品なのである。

 

 紀州藩畔田家の跡取り息子である十兵衛は、草木の声を聞くことに長けた、生まれながらの学者だった。だが己の思いを言葉にすることが不得手なため、孤独な十代を過ごしていたのである。彼が山に入り、天狗と出会うことから物語は始まる。

 

 作者は、十兵衛が本草学を修め、元服して畔田翠山として人に知られた存在になるまでを彼に寄り添いつつ綴っていく。実在の人物を主人公に配した成長小説であるが、作品の魅力はそれだけに留まらない。

 

 天狗と出会う、と書いたが、十兵衛はさまざまな不思議と出会うのである。現実と、その先の異界が彼の目には地続きになって見えるのだ。天狗のいた山から持ち帰った定家葛は畔田家の庭に根付く。天に向かって伸びたこの葛から、この世ならぬものも下りてくる。

 

 異界のものとの対話を通じて、十兵衛は生命がこの世にあることの意味を知っていく。人はいかに他の生命と向き合うべきか、彼は真剣に考えるのだ。草木に人生を救われたと考える十兵衛は、「紀伊国は、まことに美っつい地にございます」と詠嘆する。心からの感謝であろう。

 

 純粋な学究の徒として十兵衛は描かれており、知的探求心を持ち続ける大切さをしみじみと感じさせられる。十兵衛と師・小原桃洞との関係から、時と共に変化するものの大きさを痛感することにもなるだろう。

 

 新芽に場所を明け渡すため、まだ枯れる前に古い葉が落ちていく譲葉に、老境の桃洞は自らを重ね合わせる。生命はいつか尽きるが、人が生きた証は誰かが受け継ぐ限りなくならないのだ。自分もその連なりの中にいることを知り、胸を熱くした。

 

[レビュアー]杉江松恋(書評家)

1968年東京都生まれ。ミステリーなどの書評を中心に、映画のノベライズ、翻訳ミステリー大賞シンジケートの管理人など、精力的に活動している。著書に海外古典ミステリーの新しい読み方を記した書評エッセイ『路地裏の迷宮踏査』『読み出したら止まらない! 海外ミステリーマストリード100』など。2016年には落語協会真打にインタビューした『桃月庵白酒と落語十三夜』を上梓。近刊にエッセイ『ある日うっかりPTA』がある。

 

協力:新潮社 新潮社 週刊新潮

 

 Book Bang編集部

 

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