ブックバン 7/29(水) 6:00
なぜこの事件は起訴されないのか。そう思った経験のある人は少なくないだろう。日本では、起訴されると99%有罪になる。この数字は検察の凄さを示しているのか、あるいは別の何かを物語っているのか。本書『特捜取調室 『国家の罠』20年目の再対決』(佐藤優、西村尚芳・著)は、その“裏側”に切り込む一冊である。
本書は、2002年に鈴木宗男事件で被疑者となった佐藤優氏と、当時の担当検察官である西村尚芳氏が、20年の時を経て再び対話するという異色の構成をとる。プレサンス事件や大川原化工機事件など、近年注目された事例を取り上げながら、検察の判断と行動原理を具体的に検証している。
読み進めて感じるのは、検察という組織の「合理性」の強さだ。確実に有罪にできる案件だけを起訴する。だから、有罪率は100%に近づく。この意味で、検察は極めて合理的に行動しているといえる。しかし、その合理性には別の側面もある。立証が難しい案件は不起訴とし、起訴した案件には有罪を前提とした強い圧力がかかる。結果として、不適切な人物が放置され、一方で冤罪を生み出す。
この問題を考えるとき、私はかつて大学で経験した事件を思い出す。学生による性暴力事件で、教授会は当該学生の処分をめぐり紛糾した。結局、司法の判断を待つことになった。ところが、その学生は不起訴となった。顧問弁護士は「法律の世界では何もなかったのと同じことになる」と説明した。だが、実際には事件は起きていた。
法の世界と現実世界には乖離がある。検察官は、その交差点に立っている。本書の対話は、この難しい問題に正面から向き合う。とくに、佐藤氏の鋭い問いに対し、西村氏が率直に応じる場面は読み応えがある。そこから浮かび上がるのは、個々の検察官の資質だけではなく、組織そのものが抱える問題である。
重要なのは、検察官も誤りうる存在だという前提に立つことだろう。本書でも指摘されるように、日本の検察には外部から検証する仕組みが乏しい。失敗が個人の問題として処理され、組織としての学習につながりにくい構造がある。だが本来、必要なのは逆である。失敗を隠すのではなく、それを検証し、組織の改善に結びつけることだ。
本書は検察批判の書ではない。むしろ、日本社会が当然と受け入れてきた「組織の合理性」を問い直す書である。その意味で、本書が投げかける問いは、決して検察組織だけの問題ではない。
[レビュアー]菊澤研宗(慶應義塾大学名誉教授)
きくざわ・けんしゅう1957年石川県生まれ。慶應義塾大学商学部卒業。専門は新制度派経済学。城西大学大学院経営学研究科長も務める。『組織の不条理を超えて』など著書多数。
協力:新潮社 新潮社 週刊新潮
Book Bang編集部
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