佐野寿宏のBOOKブログ!オモコロ・原宿が迫る! 文藝賞作家・松田いりの最新作『ハッピー山』の抱腹絶倒な魅力(Bookレビュー)

 ブックバン     8/24(月) 6:00

 


 

 

 文藝賞作家・松田いりのの新刊『ハッピー山』が刊行。本作を、ライター・オモコロ二代目編集長の原宿さんが語る。  ***  誰だって、ハッピー山へ登りたい。ハッピー山の頂上から、ハッピー麓(ふもと)を一望したい。けれどハッピー景色に至る登山道は長く困難だ。それはもう、「高尾山って1号路でも意外とキツいな」って感じの比じゃなく。  この小説は、SNSで誰もが羨んでくれる〈イケてる〉生活を手に入れるべく、上京して文化資本のあるコミュニティに属さんと目論んだ女性“佐伯”が、輝こうという思いとは裏腹に情報に目を回しているだけで毎日が終了し、まともにレンタカーを借りることもままならぬまま因果は巡って、ようやく調達したボロッボロのミニバンのクーラーから流れてくる〈臭い風〉を浴び続け、祝祭的な破綻を迎えるまでの物語である。わかる! 古い車のあの「いやに冷たくて臭い風」! この描写を目撃した時、少年時代に従兄弟のお父さんの車に乗せてもらっている時のちょっと車酔いしそうな身体感覚まで蘇ってきた。オエッ。  このあと、レンタカーの風で体調が悪くなった佐伯がドライヴ感のある展開のまま、一気呵成に「ウンコ」を漏らしてしまうのも良い。“東京1”になれそうだったキャンプで脱糞、それでも理想のキャンパスライフを諦められないという涙ぐましい態度で〈便を尻下に保持しておく〉。これだ! という感じである。ここにこそ人間の哀しみと誇りが詰まっている。もはや破滅は約束されているのに、それでも人間は最後の一瞬まであがこうとする。美しい。  新人賞を受賞した作家が、ハードルが高くなると一般的に言われている受賞一作目でこんなにも克明に“脱糞”という行為に宿る人間性を描写してくれることに嬉しくなった。このコーナー、こんなにウンコの話をしていて大丈夫ですか? でもこれって案外大事なことのような気もしていて、それはつまりハッピーへ至る道とは、極端に言えば自分の中の糞便、汚い体や心をつぶさに観察して、「ナシにしない」道だとも思うからだ。人間はウンコをするように宿命づけられた存在なのに、それを否定し抑圧することは大変なエネルギーを伴う。弱った心がハッピー山頂への道を曇らせ、気がつけば他人の「こっちだ!」という声をトレースして、Instagramで流れてきた北欧の家具を欲しくもないのに買っちゃってさ。なんか、ウンコみたいな名前の家具屋さんもあったよね。  思えば佐伯は他責他責他責、自分は綺麗で周りがウンコということを信じて疑わず、最終的には肥大化した自己の重みに耐えられなくなり境界線の向こうへと還っていった。無理して綺麗な自分で他人とつながろうとするから魔界化する、ってことはあると思います。だから日々、自分のウンコを見つめるのは大事(健康上の意味においても)。俺たちなんて、所詮は茶汁(ちゃじる)の循環で動いているだけの存在に過ぎないって気持ちをベースで持てる人たちで、それでもめいめい少しずつハッピー山へと登っていこう。たまーに「どうしてる?」って声だけかけてさ。 [レビュアー]原宿(WEBメディア「オモコロ」編集長) 神奈川県出身。2010年に株式会社バーグハンバーグバーグの立ち上げに参画、WEBメディア「オモコロ」編集長に就任。編集に携わったライターを数々のヒット作を生み出すまでに押し上げ、WEBだけではなく出版や映像の世界まで活躍の場を広げている。 協力:河出書房新社 河出書房新社 文藝 Book Bang編集部 新潮社 

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