佐野寿宏のBOOKブログ!ティグリス=ユーフラテス川の上流を手漕ぎボートで旅する日本人探検家たち 未知に分け入る『メソポタミアのボート三人男』(Bookレビュー)
ブックバン 8/6(木) 6:00
高野秀行さんのノンフィクションを読んでいると、探検や旅のテーマの核心部に分け入る突破力にいつも驚かされる。ティグリス=ユーフラテス川の上流部(トルコ東部)を手漕ぎボートで旅する本書もまた、そんな魅力に満ち溢れる一冊だった。 今回、高野さんと旅をともにするのは、イラクの巨大湿地帯アフワールの探検録『イラク水滸伝』でもお馴染み「隊長」こと山田高司氏。世界中の川を旅する探検家にゲジゲジ眉毛の現地ガイド・レザン氏を加えた三人は、様々なトラブルを引き寄せつつ、流域に生きる人々との意表を突く出会いを繰り返していく。 何より惹きつけられるのは、「未知」に対する圧倒的な好奇心を以て、何でも見てやろうとばかりに土地の文化や風景に向き合う二人の視野の広さだった。文明史や考古学などの視点からあらゆるものを面白がる高野さんと、その思考を自然科学の知識によって宇宙規模のスケールにまで押し広げてしまう山田氏。二人の異なる眼差しがらせん状に重なりながら、ユニークで色合い豊かな探検世界が立ち上がってくるのである。 「川旅は土地のいちばん低いところを行く旅」と山田氏は言う。〈川は人の生活の中を流れていく。川を旅することによって、道路や鉄道からは決して見えないもう一つの土地の風景が見られる〉という高野さんの言葉通り、川旅でなければ形作られない思考というものがある、ともいえる。そうして土地の食文化(羊肉料理「カブルガ」のなんと美味そうなことか! )や日常生活、古代の遺跡やトルコにおけるクルド人の歴史、謎の多い信仰共同体「アレヴィー」の実態までもが、川から這い上がる者の視点によって串刺しにされるのだった。 自らを「アナクロ、アナログ、アナーキー」の三拍子そろった「トリアーナ」と称する二人の前代未聞の旅によって、みるみる色づいていく未知の世界。様々な専門知を油絵のように塗り重ね、複雑怪奇な世界を描き出す探検という行為の奥深さが、ユーモア溢れる軽妙な筆致からありありと伝わってくる。その唯一無二の読書体験は、高野作品を手に取る大きな醍醐味であるに違いない。 絶えず流れ、ぶつかっては蛇行し、交じり合いながら広がる二人の思考は、まさしく川のあり様そのもの。読後、数々の至言・名言を持つ山田隊長の口癖の一つ、「橋の下をたくさんの水が流れたんだよ」という言葉が胸に余韻として残った。 [レビュアー]稲泉連(ノンフィクションライター) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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