佐野寿宏のBOOKブログ!山で命を落とした友人が登れなかったヒマラヤの難峰「パンドラ」に挑む 楽しかった大学時代、そして友人たちの死…傑作『パンドラ―約束の頂―』(Bookレビュー)
ブックバン 9/9(水) 6:00
『パンドラ―約束の頂―』(山と渓谷社)著者の大石明弘は業界では名の知られたクライマーでライターだが、こんな数奇な人生の人だとは知らなかった。大学入学後に暮らした下宿は山岳部員が巣くう魔窟のような共同下宿で、親分は野口健。エベレスト清掃登山に連れていかれたことでヒマラヤと出会い、やがて平出和也と学生2人だけで8000メートル峰に無酸素登頂し話題になる。それがきっかけで出会ったのが谷口けいだ。ともに山に登った平出と谷口は世界的登山家になり、友人だった平賀淳も山岳カメラマンとして大成する。3人は順々に山で命を落とし、大石は彼らの思いを胸にヒマラヤの難峰をめざす……。 まるでマンガみたいな筋書だが、これが現実だというのだからビックリである。登場するのは登山界をわかせたビッグネームばかりで、それ以外の脇役たちも型破りで個性的だ。出会いと別れ、生と死というテーマにもかかわらず、テンポのいい文体で一気に読ませ、清々しくも重たい読後感が余韻にのこる。 流れるような物語のなかに運命という言葉が通奏低音としてひびく。彼の人生がこれほどまでに人々に導かれるものになったのはなぜか。それは彼が出会いを全面的に肯定し、そのすべてを受け止めたからだ。〈人と出会うとは、自分のなかにその人の要素を取り込むことだ〉と彼は書く。相手を対象ではなく存在として受け止めたとき、相手の本質が入り込んできて自分自身が変わってゆく。運命とは偶然ではなく必然であり、手繰り寄せるものなのだ。この運命の糸にしたがって彼は谷口が登れなかったパンドラという山に挑む。ちなみにパンドラという嘘みたいな山の名前も本当だ。 バカ丸出しで勢いのまま生きていた楽しい学生時代から生活者として山にむかう大人になってゆく。パンドラの箱にあったのは、そう、予期せぬ未来だ。山岳文学であり、誰もが楽しめる青春物語の傑作でもある。 [レビュアー]角幡唯介(探検家・ノンフィクション作家) 1976年生まれ。北海道出身。探検家・作家。近年はグリーンランドとカナダ・エルズミア島の地球最北部で狩りをしながら犬橇で旅をするエスキモースタイルの長期旅行を実践。『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』で開高健ノンフィクション賞・大宅壮一ノンフィクション賞など、『雪男は向こうからやってきた』で新田次郎文学賞、『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』で講談社ノンフィクション賞、『極夜行』で大佛次郎賞などを受賞。近著に『裸の大地』第一部・第二部、『書くことの不純』。2024年11月に『地図なき山 日高山脈49日漂泊行』を上梓。小説新潮にて「43歳頂点論」を連載中。 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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